andQの歯科と麻酔と諸々と

歯科麻酔医と言うニッチな歯医者が色々書きます。

国家試験過去問解説・心電図その2

 また随分と間が空いてしまいました。前回の導入で歯学部の学生さんに向けて(学生さんがこんなブログを見る機会があるかどうかは別として)「臨床実習は真面目に受けた方が良い」みたいなことを書きましたが、その時はまさか新型コロナの流行でこんなことになるとは思っていませんでした。大学によって対応は様々でしょうが、いずれにしても例年通りの実習はできていないことでしょう。

 さておき。人様のお役に立てているかは無限大の彼方に置いておいて、前回に引き続き113回より以前の歯科医師国家試験の心電図関連の問題を紐解いてまいります。読む人居るのかしら。私自身は教え方を色々考える上で役に立つから良いんですけど、読む側の立場だったら

 

 めんどいから読まないかも

 

 と、言う訳で早速見ていきましょう。

 

 とりあえず前回も最初にのせた、正常心電図のイメージです。きっと分からなくなるので、たまに見返してください。

 本当は全ての心電図の横に比較として添付しようかと思ったんですけど、邪魔なのでやめました。

 

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正常心電図のイメージ

 

最初は去年の112回の問題を一つ。

 

112D80

 40歳の女性。全身麻酔下に下顎両側埋伏智歯を抜去した。浸潤麻酔後、モニタ画面の心電図波形に変化がみられた。変化前後の心電図波形を別に示す。

 心電図波形の診断で正しいのはどれか。1つ選べ。

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a.心室細動

b.心房細動

c.心室性期外収縮

d.完全房室ブロック

e.発作性上室性頻拍

 

 問題文から得られる情報はどんなものでしょう。40歳の女性で既往歴などの情報はありませんから、特にリスク因子は無さそうです。全身麻酔中なので、血管迷走神経反射や過換気症候群のような、精神的ストレスが関わる偶発症も起き得ません。局所麻酔後と言うことで、疼痛か、アドレナリンか、局所麻酔薬に関わることでしょう。

 では視覚素材を見てみます。変化前のバイタルサインはどこをとっても正常に見えます。変化後に異常が生じたのはどこかと言うと、心電図のみですね。

 正答はc心室性期外収縮です。これはもう、波形をイメージで覚えてください。覚えなければいけない心電図波形なんていくつかしかありませんから、なんとなくのイメージを頭に入れておけば済みます。異常が見られる部分だけ抜き出して見てみましょう。

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 2カ所だけ異常な波形があり、それ以外は変化前の心電図と変わらず正常ですね。異常な波形では正常な部分と比べて

  • 先行するP波がない
  • QRS(Q波は分からなくなっていますが)の出現が早い
  • QRSの幅が広い

 と言った特徴があります。なぜこうなるのでしょう?思い出してください。前回書いたように、心電図のP波は心房の興奮、QRS群はまとめて心室の興奮、T波は再分極を反映しています。つまりこれは

 「心房の興奮より早く心室が興奮している」状態です。

 「心室が」「早いタイミングで」収縮するこの不整脈を「心室性」「期外」収縮と呼ぶ訳です。

 通常、心臓は洞結節で生じた興奮が電気伝導系を順に伝わっていくことで収縮します。これを洞調律(Sinus rhythm)と言います。割と直訳で分かりやすいですね。心室性期外収縮(以下PVC)は、洞調律とは無関係に心室で生じた興奮(異所性興奮)によって起きます。

 下の図を見てください。

 

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登場人物紹介

 心臓が舞台の茶番劇、登場人物は洞結節くん、異所性興奮くん、洞房結節ちゃんです。洞結節くんは規則正しく超真面目に働き続けます。格好良いですね。異所性興奮くんは騒いじゃいけないタイミングで突然暴れ出す空気の読めない子です。周囲を巻き込むのでタチが悪いです。洞房結節ちゃんは洞結節くんの席から遠い心室の方まで洞結節くんの指示を伝えてくれる良い子です。

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ショートコント「心室性期外収縮

 正常時は洞結節くんの指示で心臓が拍動しています。洞結節くんの指示を聞いた心房が収縮し、ついで洞房結節ちゃんから伝導を受けた心室が収縮します。綺麗なリズムで繰り返しています。そこに突然、異所性興奮くんが空気を読まずにウェーイします。心筋はつられて収縮します。これがPVCです。

 正確に理解しようとすると泥沼なので、このようにイメージで捉えると良いと思います。

 

ではこの問題はどうでしょう。

 

107D1

 60歳の男性。下顎右側第一大臼歯の抜髄を予定した。10年前から高血圧症があり、降圧薬を内服している。血圧は152/84mmHg、心拍数は72回/分、整であった。8万分の1アドレナリン含有2%リドカイン塩酸塩1.8mlを用いて浸潤麻酔を行ったところ、血圧は160/90mmHgとなり、胸部不快感を訴えた。そのときの心電図を別に示す。

 静脈内投与すべき薬剤はどれか。1つ選べ。

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a.ミダゾラム

b.アドレナリン

c.リドカイン塩酸塩

d.ニトログリセリン

e.アトロピン硫酸塩水和物

 

 問題文からは「高血圧」「局所麻酔後」「血圧上昇」「胸部不快感」と言う情報が得られます。やはり局所麻酔によって循環に異常が生じたと言うストーリーです。実際、歯科治療中に全身的な異常が起きるタイミングは大概局所麻酔の最中かすぐ後です。

 心電図では、正常な波形と異常な波形の2種類が混在していますね。異常な波形は幅の広いQRSで、心室性の不整脈であると分かります。右端には正常な波形が2つ並んでいますので、ここを基準にして「本来のRR間隔」を探りましょう。

 

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正常なRR間隔を探す

このRR間隔を全体に当て嵌めてみます。

 

 

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全体に当て嵌めてみる

 いかがでしょう。正常波形は整ったRR間隔を保っており、異常波形が速いタイミングで発生することによって潰されていまっている……そのように見えませんか。そうです、これも「心室が」「早いタイミングで」収縮する不整脈、PVCです。

 では正解は、と言うとcのリドカイン塩酸塩です。局所麻酔剤のイメージが強いリドカインですが、少量を静脈内投与すると心室不整脈の抗不整脈薬となります。不整脈の治療薬をそのまんま「抗不整脈薬」と言います。抗不整脈薬の分類なんかは置いておきましょう。詳しく知りたい人は、歯科医師免許を取得してからしか麻酔分野に進んでください。お待ちしております(笑)。

 その他の選択肢。

 aミダゾラムは関係ありません。これは血管迷走神経反射や過換気症候群ではありませんし、痙攣も起こしていませんので。

 bのアドレナリンはアナフィラキシーを起こした時などは可及的速やかに「筋肉内」注射するべき薬剤ですが、今回は必要ありません。

 dのニトログリセリン狭心症に使いましょう。

 eのアトロピンは徐脈に有効です。

 

 続きましてはこちら。

 

106A123

 歯科治療中に記録された心電図の一部を示す。

 心拍数と波形の組み合わせで正しいのはどれか。1つ選べ。

f:id:andQ:20200705002223p:plain 心拍数       波形

a.正常--------------上室性期外収縮

b.正常--------------心室性期外収縮

c.頻脈--------------上室性期外収縮

d.徐脈--------------上室性期外収縮

e.徐脈--------------心室性期外収縮

 

 最初に書いておきますがこの問題、

 

 間違っています。

 

 いや、正確に言うと、明らかに間違っていると言うほどではないにしても適切でない、という感じです。

 厚生労働省によると正解はbですが、この心電図の心拍数は100程度あり、患者が成人であるとするならば頻脈です。正答は「頻脈------心室性期外収縮」となるはずです。そんな選択肢はないですけれど。頻脈の基準は100/min以上ですから、「99.9/minでも正常だ!!」と言うならばbでも良いですけどね。歯科医師国家試験ってそんな感じでしたっけ……?

 まず、1つだけ発生している異常波形はPVCですよね。幅の広いQRSが早いタイミングで発生していますから、前の2問と同じです。では次に、心電図からどうやって心拍数を導き出すのか解説致しましょう。と言っても単純な計算です。前回の最初に書きましたが、1マス0.2秒なんて覚える必要はありません。この問題でもそうですが、必要な時には書いてあるからです。実際の臨床でも、プリントアウトされた心電図には必ず書いてあります。覚えておくべきは、

 

 1マス1mm

 

 であると言うことだけです。これなら覚えるのも簡単ですし、忘れてしまっても見る度に思い出せるでしょう。

 この問題の視覚素材には

「25mm/sec」

 と左上に書かれています。つまり25mm=25マスで1秒です。RR間隔のマスの数を25で割れば心拍1回にかかる秒数が解り、その答えで60秒(=1分)を割れば心拍数が分かります。まとめると

 60÷(マス数÷25)=心拍数

 です。忘れてしまっても考えれば分かりそうですね。(臨床的にはマス5個ごとの大きなマスの数で簡単に計算しますが、ここでは基本的な計算法にしておきます)。

 ややこしいので実際にやってみましょう。

 この問題の心電図ではRR間隔のマス数は(どこで取るかによって微妙に異なりますが)だいたい15マスです。下の拡大図で数えてみてください。 

 

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RR間隔は何mm?

 25マスで1秒なので、RR間隔は

 15マス÷25マス/秒=0.6秒

 です。つまり心拍1回に0.6秒かかっています。心拍数は1分間の心拍の数なので、1分間=60秒に

 60秒/min÷0.6秒=100/min

 です。

 と言う訳で正答は頻脈------心室性期外収縮となるのですが、そんな選択肢は有りませんので、心拍数がギリギリ100未満だったと考えてbと言うことになります。納得いきませんね。まぁ一番左のRR間隔なら100を若干下まわりそうですので、そう言うものだと諦めましょう。

 

  以上、PVCの問題でした。PVCは結構よく見かける不整脈です。

 

 

 次に参りましょう。

 

 

107D4

 75歳の男性。義歯の不適合を主訴として来院した。5年前に脳梗塞の既往があり片麻痺があるという。モニタ装着下、治療を開始した数分後に急に動悸がするとの訴えがあった。術前と動悸が生じているときの心電図を別に示す。

 最も疑われるのはどれか。1つ選べ。

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a.心筋虚血

b.心室細動

c.心房細動

d.房室ブロック

e.心室性期外収縮

 

 75歳、高齢者ですね。高齢であると言うことは、循環を含め様々なリスクを持っていると言うことです。さらに脳梗塞片麻痺です。脳梗塞を発症すると、治癒しても右脳ならば左半身に、左脳ならば右半身に麻痺が残ることがあり、これを片麻痺と言います。患者さんにとっては大変なことですが、この問題では片麻痺自体がどうこうと言う話ではなく、後遺症を残すような脳梗塞の既往→循環のリスクがある、と言うヒントです。さらに言うと、この問題で起きている不整脈脳梗塞と深いつながりがあります。

 義歯に関する治療中に動悸を感じたと言うことですから、局所麻酔でも抜歯でもありません。心電図を見ると、前3問で見た幅広いQRSは無く、正常っぽい波形のまま、リズムがバラバラになっています。もう一つの特徴は、ベースラインがガタガタしていることです。細かい波形がたくさんあるのです。

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ベースライン(基線)がガタガタ

 これはf波と呼ばれるものです。PVCは心室で異所性興奮が生じるせいで起きる不整脈でしたが、上室で異所性興奮が生じるとこんな風になります。上室って何かって?心房と接合部(心房と心室との境目)を合わせて上室と呼ぶんです。まあ心房のことだと思っておいても大丈夫です。心室の上だから上室、くらいで覚えておきましょう。

 f波は心房が細かく動く(細動する)ことで生じる波形で、細動波とも言います。本来の心房の収縮を示すP波は分からなくなってしまっていますね。と言うか消失しています。この状態を心房細動(Af)と言います。

 下の図を見てください。PVCでは心室に居た異所性興奮くんが上室に居ます。しかも何人も居ます!!これは鬱陶しいですね。徒党を組んだウェーイ系は始末に負えません。何度も好き勝手にウェーイしまくります(リエントリー)。めちゃくちゃなリズムで心房を収縮させるので、それが心電図状にはf波として記録されます。たくさんの異所性興奮によって心房は細動していますが、洞房結節から心室に伝わるのはその一部だけで、心室の収縮(QRS)はそこまで増えません。でもやっぱり元の細動波が多いので、Afは頻脈になることが多いです。

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ショートコント「心房細動」

 と言う訳で正解はcの心房細動でした。ちなみに心房細動は心臓の中で血液の流れが乱れるために血栓ができやすく、ワルファリンなどの抗凝固療法で予防していないと、脳梗塞をはじめとした塞栓症に繋がります。問題文にある過去の脳梗塞片麻痺も、Afが原因だったのかも知れませんね。

 aの心筋虚血ではSTの変化が現れます(本当はST変化の見られない心筋虚血もありますが、歯科医師国家試験的には無視して良いです)。後で解説します。

 bの心室細動は近年出題されていませんが、心停止の1つですよね。心電図はこんな風にQRSなどの形を保っていない、もっとグチャグチャなものになります。

 dの房室ブロックはいくつか出題がありますので、これもあとで解説します。

 eのPVCはさっき解説しましたね。

 

109D28

 81歳の男性。下顎右側第一大臼歯の自発痛を主訴として来院した。高血圧症と脳梗塞の既往がある。抜髄が予定された。入室時の血圧は105/70mmHgであった。局所麻酔後、動悸と気分不良を訴え、しばらくしても症状の改善がみられなかった。術前と局所麻酔後の心電図を別に示す。

 適切な対応はどれか。1つ選べ。

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a.前胸部叩打

b.AEDの装着

c.β遮断薬の投与

d.アドレナリンの投与

e.ニトログリセリンの投与

 

 結論を言ってしまえば、これもAfです。問題文からは、先の問題と同じく、高齢者で高血圧と脳梗塞の既往があり、循環にリスクを抱えた患者だと分かります。入室時の循環動態は安定していましたが、局所麻酔後に同期と気分不快を訴え、かつ時間が立っても持続していると言う状態です。

 局所麻酔後の心電図は、リズムがメチャクチャでQRSの幅は狭いのは前の問題と一緒ですけど、さっきの心電図に比べてf波はよく分かりませんね。P波も見えません。これちょっと難しいと思うんですけど、Afは病歴が長いとf波が見えづらくなるんです。細動で酷使され続けた心房の筋肉が繊維化して、弱まってしまうからです。幅の狭いQRS、リズムは不整、明確なf波は見られないけれどベースラインがガタついていて、P波が無い。Afと判断できます。

正解はcのβ遮断薬の投与です。β遮断薬は頻脈に対する抗不整脈薬として使われます。RR間隔はざっと10〜15mm(マス)になっていますから心拍数は100〜150で、明らかに頻脈です。Afは頻脈になることが多く、ベータ遮断薬やある種のカルシウム拮抗薬などで心拍数を抑える必要があります。

 aの前胸部叩打と言うのは、仰向けの患者の心臓を格闘技で言う「鉄槌打ち」のように握り拳の小指側で叩く方法で、心電図モニター下で起きた心停止に対する初期対応として行われるものです。ちなみに読み方はぜんきょうぶ「こうだ」です。ジャイアンは剛田です。來未は倖田です。爆笑問題のボケは太田です。

 bのAEDも、心停止ではないので必要ありませんね。

 cのアドレナリンは心拍数が激増しますので、事態を悪化させるでしょう。

 eのニトログリセリン狭心症に対して投与するお薬ですよね。

 以上、Afの問題でした。

 

 

108B22

 56歳の男性。下顎右側第一大臼歯の抜髄を予定した。心筋梗塞の既往があり高血圧症で加療中である。モニター心電図とパルスオキシメータを装着後、仰臥位で浸潤麻酔直後にいびきをかきはじめ、不規則な呼吸となった。そのときの心電図を別に示す。パルスオキシメータは88%を示し、血圧は110/68mmHgであった。

 対応として正しいのはどれか。2つ選べ。

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a.気道の確保

b.下肢の挙上

c.胸骨圧迫の開始

d.アトロピン硫酸鉛水和物の投与

e.ニトログリセリン貼付剤の適用

 

 こんなの出題されるんですねぇ。

本文から、年齢的には若めですが循環器のリスクが高い患者だと分かります。例によって局所麻酔後に異常が生じます。いびきをかくと言うことは、完全に意識を失っていると考えられます。そして「不規則な呼吸」。不整脈で呼吸が乱れると言うのは怖いですね。致命的な事態かも知れません。SpO2も低下していますから呼吸が十分にできていないようです。

 心電図を見て見ましょう。ここまでを読んでくださった方は、「QRSが幅広いから心室性の不整脈かな?」と思ったかも知れません。が、

 

 そう言う問題じゃありません

 

 実は心電図を読む上でとっても大事な要素の一つが

 P波とQRSの関係

  です。この心電図では、P波とQRSが全くリンクしていないんです。

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P波とQRS いつも一緒だったのにすれ違って

 上図で示す通り、QRSを無視してP波だけ見れば、ほぼ等間隔でP波らしき波形が確認できます。そしてQRSはQRSで、ある程度整ったリズムなのかも知れませんが、通常P波とQRSがセットになっているはずが全く無関係になっている、と言うのがポイントです。P波=心房の収縮とQRS=心室の収縮が無関係になっていると言うことは、心房と心室の間で電気伝導系が途絶えてしまっていると言うことです。これは心房・心室間で完全に伝導が途絶えている状態、完全房室ブロックです。「完全に」「心房と」「心室の」間の伝導が「途切れている」から「完全」「房」「室」「ブロック」です。そのまんまです。

 歯科医師国家試験で房室ブロックなんて出るのか、とうんざりしてしまうかも知れませんが、お待ちください。この問題は

 

 完全房室ブロックだと分からなくても解けます

 

 問われているのは対応です。対応と言うならば救急車を呼びたいところですが、その前にやることがあります。心電図のRR間隔を見れば、明らかに徐脈だと分かります。慣れればパッと見で徐脈と分かりますが、マス目を数えて計算すると心拍数は37〜46くらいです。詰まる所、この問題で問われているのは完全房室ブロックについてではなく、徐脈とSpO2の低下に対する初期対応です。

 と、言う訳で正解は、aの気道の確保とdのアトロピン投与です。意外とシンプルな問題でした。完全房室ブロックだなんて半端に分かってしまうとかえって混乱しそうですね。

 bの下肢の挙上は迷走神経反射などの初期対応です。仰向けの患者さんのふくらはぎ〜足首の下に丸めたブランケットでも入れてあげるだけの処置ですが、今回は関係ありません。

 cの胸骨圧迫はまだ早いです。「不規則な呼吸」を死戦期呼吸と見誤ると選んでしまいそうですが、心電図を見ても心停止ではなさそうですし、もし心停止だったら血圧はほぼ計測できません。「血圧は110/68mmHg」と書かれていますから、心停止ではないです。

 eのニトログリセリンは言わずもがなですが、狭心症の対応です。

 

 房室ブロックは1度房室ブロック、Wenckebach型2度房室ブロック、Mobitz型2度房室ブロック、そして完全房室ブロック=3度房室ブロックに分類され、重症度も治療法も歯科治療中のリスクも変わってきます。Mobitz型2度や完全房室ブロックでは植え込み型ペースメーカーの治療がなされている場合もあります。前回解説した113回国家試験の問題にありましたね。

 

 

111A80

 55歳の男性。舌癌による頸部リンパ節転移のため頸部郭清術を行っている。手術中のモニタの波形を別に示す。

 まず投与すべき薬剤はどれか。1つ選べ。

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a.ニトログリセリン

b.リドカイン塩酸塩

c.エスモロール塩酸塩

d.フェニレフリン塩酸塩

e.アトロピン硫酸塩水和物

 

 本文から得られる情報として、55歳男性で既往歴の記述は無いので患者に別段リスクはなさそうです。頸部郭清術と言うのがキモですね。

 視覚素材が少し分かりにくいです。上2段は心電図ですね。異なる誘導の波形を並べてあります。高性能なバイタルモニターだとこう言うこともできます。3段目のABPというのは、すぐ下に書いてあるように動脈圧を波形にしているんですが、これはAラインと言う物を……なんて話は要らないかな。パルスオキシメーター(最下段)とは別に脈を計測していると思っておけば良いでしょう。

 心電図も脈波も正常だったのに、突然プツンと消えてしまっていますね。つまり心停止しているのですが、頸部郭清中の突然の徐脈や心停止は、まず迷走神経反射を疑います。頸動脈洞を物理的に刺激することで、頸動脈洞反射という迷走神経反射の一種が起きるのです。前回出した下の図に見覚えはありますか?

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頸動脈、どう?

 という訳で正解はeのアトロピンです。迷走神経反射で徐脈や心停止を起こしたらまずアトロピンです。

 aのニトログリセリンは以下略。

 bのリドカイン、cのエスもロール(β遮断薬)は頻脈に対する抗不整脈薬です。

 dのフェニレフリンは強力な昇圧剤です。

 

 前回解説した113回では喉頭展開で迷走神経反射を起こす問題が出題されていました。この問題は頸部郭清でした。歯科治療中に起きる全身的偶発症ランキング第1位の血管迷走神経反射も迷走神経反射の1つですし、三叉迷走神経反射というものもあります。迷走神経反射に関してはこれからも出題されるでしょうね。

 

 

 さて、もう1パターン見ていきましょう。ややこしいやつです。疲れたなら、ここから先は読まなくても良いかも?

 

112B81

 72歳の女性。全身麻酔科に歯肉癌の切除を行うこととした。麻酔導入後、モニタ画面で心電図変化を認めたため、12誘導心電図を記録した。呼吸と循環動態に異常はなかった。術前と麻酔導入後の12誘導心電図を示す。

 適切な対応はどれか。1つ選べ。

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a.経過観察

b.アドレナリンの投与

c.ドパミン塩酸塩の投与

d.ニトログリセリンの投与

e.アトロピン硫酸塩水和物の投与

 

 この問題、ちょっと微妙ですよね。厚生労働省の正答も「1つ選べ」なのに2つ出てます。「2つ選べ」なら良かったのかも知れませんけれど、それにしても……う〜ん。

 

 と、言う訳で、以下の解説は読まなくて良いです。次の問題まで飛ばしてください。

 

 あ、一応「モニター心電図」と「12誘導心電図」について。モニター心電図と言うのは、要するにバイタルモニターで見ることができる心電図のことだと思っておけば良いと思います。比較的簡単に、長時間に渡って計測できることが利点です。12誘導心電図は胸部誘導と四肢誘導を合わせて12の心電図波形を同時に計測します。モニター心電図で見られるのは四肢誘導の内のⅠ〜Ⅲのみ、しかも大概のモニターでは3つの内の1つ(切り替えは可能)ですから、情報量が違います。チェアサイドならモニター心電図、詳しく見るなら12誘導心電図と言ったところでしょう。

 この問いでポイントになるのはV2からV6の変化です。

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V5

 V5を見てみましょう。術前に比べ、麻酔導入後はT波が下向きになっています。STも低下傾向ではありますが、ST低下と言うほどではありません(1マス以上下がっていれば低下です)。この下向きのT波は陰性T波と呼ばれる波形で、端折って言えば、STの変化(上昇または下降)とともに、心筋の虚血を反映しています。健康な人の心電図でも見られることがあり陰性T波=心筋虚血と言う訳でもないのですが、こうして術前にはなかったものが現れたという心電図の変化は、やはり心臓の状況の変化を反映したものと考えられます。

 問題本分でわざわざ「12誘導心電図を記録した」と言って視覚素材がこれですから、出題者の意図としては心筋虚血と判断させたいのでしょう。この時点でちょっと厳しいなぁと思うのですが、ここで更にややこしいのは、「循環動態に異常はなかった」と言う文言です。全身麻酔中であるため胸痛などの自覚症状は分かりませんので、心電図と循環動態が頼りです。血圧低下などの循環変動があるならば速やかに対処するべきですが、変動のない状況でこの心電図所見のみで薬剤を投与すべきかどうかは意見が分かれると思われます。と言う訳で正答はa(経過観察)またはd(ニトログリセリンの投与)です。

 

 これは微妙な問題でしたが、心筋虚血とST変化は他にも出題されています。

 

 

110D40

 60歳の男性。10年前から高血圧症、狭心症、糖尿病および脂質異常症のため加療中である。アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬、カルシウム拮抗薬および糖尿病治療薬を服用している。下顎右側第一大臼歯の抜去を行うこととした。処置中、強い胸痛を訴えたので、12誘導心電図を記録した。そのときの血圧は152/85mmHgであった。心電図を別に示す。

 みられる所見はどれか。1つえらべ。

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a.ST上昇

b.心室頻拍

c.心房細動

d.洞性頻脈

e.左脚ブロック

 

 臨床実地問題の割に、心電図の所見を問うだけの単純な問題ですね。

 問題文にはいかにも循環にトラブルが起きそうな情報が並んでいます。高血圧は心筋の負担を増加させ、長年の糖尿病は冠動脈を含む血管のトラブルを起こりやすくします(糖尿病は全身の血管を障害するのです)。心筋虚血のリスクを持つ患者であると言うヒントですね。ちなみにアンジオテンシンⅡ阻害薬は降圧剤としてカルシウム拮抗薬などよりも強力で、投与されていることからそこそこ重度の高血圧症であることが窺えます。抜歯という口腔外科処置も、発作の引き金になりそうですね。「強い胸痛」は狭心症心筋梗塞の、急性発作のキーワードです(必発ではありません)。「胸部絞扼感」というのもありますね。胸が締め付けられる感覚という意味ですが、恋ではありません。国家試験に胸キュンなシーンを出題されても困ります。視覚素材の心電図でポイントになるのは、やはりV1〜V6の胸部誘導です。

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V1〜V6

 先ほどの問題とは違い、ST部分が明らかにベースラインよりも上昇しています。

  ST上昇には例えば上の図のようなパターンがあり、ベースライン(波形以外の水平部分)の高さよりも1マス以上上にあれば上昇と判断します。

 と、言うことで正解はaのST上昇です。

 心拍数は50〜55程度で、bの心室頻拍やdの同性頻脈は当てはまりません。

 cの心房細動はもう解説しましたね。

 eの左脚ブロックではV1で下向きの幅広いQRSが見られるのですが、これは覚える必要がないと思います。

 ところで心筋虚血によるSTの変化にはST低下と上昇の両方があります。心臓は筋肉の塊なので収縮するときに電流が生じる訳ですが、虚血や梗塞で収縮しない部分があると電流が乱れるのです。どうして上昇したり低下したりするのかはかなりややこしい話で、大体のイメージをここで図示しても良いのですが、歯科医師国家試験レベルでは要らないでしょう。

 

 

 はい、いかがでしたでしょう。読まれた方、いらっしゃるんでしょうか。結構分かりやすく解説したつもりです。パクらせてもらったご協力いただきました某リアル友人の同業者に感謝を。

 凄く面倒だったのでもうやらないと思いますが、心電図以外もやって欲しい、なんてご希望があればお申し付けください。引き受けるかどうかは別として聞くだけは聞きます。

 

 ではまた、次があれば。