andQの歯科と麻酔と諸々と

歯科麻酔医と言うニッチな歯医者が色々書きます。

国家試験過去問解説・心電図その1

 と、言う訳で

 まずは心電図に関する過去問を見て参りましょう。ただ真面目に解説するだけだとAnswerか実践でも読めば良いって話になってしまいますから、ざっくり解説しつつも、ねちねちと細かく、色々織り交ぜていきましょう。


1.正常心電図で覚えるべきこと
 心電図をちゃんと読めるようになる必要はありません(断言)!!
 詳しく勉強したいなら、歯科医師になってから頑張ってください。
 とりあえず下の図を見てください。マス目?要りません。1目盛あたり0.2秒?覚えなくて良いです。U波?出ない出ない。国家試験を解くだけなら、と言うか一般的な歯科医師としての正常心電図の知識ならこれで十分です。マス目や秒数が必要なら問題の図に(臨床では印刷した実際の心電図に)書いてあります。U波の解釈を要することもそうそうありません。ST間隔やQT間隔も、専門家に任せちゃいましょう(暴論)!!

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 P波は心房の興奮、QRS群はまとめて心室の興奮、T波は再分極を反映しています。
 物凄くざっくり言うと、


☆PQ間隔やPQが延長していたり、一定でなかったりしたら心房と心室の間でトラブルが生じています。国家試験では出ないと思いますけども、一応。


☆QRS間隔が延長していたら(横に広がっていたら)心室性の不整脈です。心室性期外収縮などです。これは過去問にあります。

 

☆STが上がったり下がったりすると心室の虚血が起きています。狭心症などです。去年出てました。と言っても微妙ですけど......それについてはまた。


☆RR間隔と言うのは要するに心拍と心拍の感覚なので、広ければ徐脈傾向、狭ければ頻脈傾向になります。慣れるとパッと見のイメージで徐脈かな、頻脈かな、正常範囲だな、と見当がつくようになります。


 まあ、こんな所です。ざっくりで良いんです。心電図のことを詳しくだなんて……

闇雲に全部覚えようとしたら大変です!!

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これは「くらやみのくも」

 歯科医師が覚えておくべき心電図異常は何か?それは当然、国家試験に出題されるはずです。それ以上のものは歯科医師になってから勉強しましょう。では過去問を見ていきます。

 

 

2.最新・終わったばかりの第113回歯科医師国家試験から

113C37
 健常成人の第Ⅱ誘導心電図波形を図に示す。

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 心室筋の再分極を示すのはどれか。1つ選べ。
  a. ア
  b. イ
  c. ウ
  d. エ
  e. オ

 正常心電図の基礎知識を問う問題ですね。視覚素材を見てください(このような試験問題に付随する図や写真を「視覚素材」と言います)。aのP波は心室の興奮、bcdのQRS群は心室の興奮、eのT波は再分極でしたね。と言うことで正解はeです。
 簡単でしたね。次はどうでしょう。

 

113A81
 17歳の女子。下顎左側臼歯部の痛みを主訴として来院した。検査の結果、智歯周囲炎と診断し、下顎左側第三大臼歯の抜歯を行うこととした。下顎孔伝達麻酔を施行後、やや多弁となり、その後けいれんを起こしたため、しばらく経過を見たがおさまらない。その時の生体モニタの画面を示す。

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 行うべき対応はどれか。1つ選べ。
  a. 酸素の投与
  b. 鎮静薬の投与
  c. 紙袋による再呼吸
  d. 副交感神経遮断薬の投与
  e. トレンデンブルグ位への変換

 はい、この視覚素材に出ている心電図は何でしょう。
 正解は……正常心電図です!!
 心電図に限らず、試験問題に出るものが異常とは限りません。

 えっ、心電図の問題じゃないじゃないかって?

 まぁまぁ、正常心電図を正常だと判断できないと困りますから。それはそうとこの問題、出題者の先生には申し訳ないですが

 良い問題じゃないですね

 なぜなら、視覚素材が付いている問題なのに視覚素材が要らないからです。問題文だけで解けます。


 「下顎孔伝達麻酔を施行後」
 「多弁」
 「けいれん」


 はい、局所麻酔薬中毒ですね。視覚素材から得られる異常所見は、「(17歳にしては)SpO2が低い」「呼吸数(RR)が多い」の2点です。それ以外のパラメーター(心拍数、心電図、血圧、脈波)は正常です。若い女性で呼吸数が多い、と言う情報だけ見ると過換気呼吸と間違えそうですが、その場合はSpO2が下がる理由がありません。もともと低めだという可能性はありますが、既往歴のない17歳では考えにくいでしょう。
 正解はbの「鎮静薬の投与」でしょう(この記事を書いている時点では厚生労働省から正答の公開がないので、後日確認します……覚えてたら)。なにせけいれんしています。けいれんを止めないと、ユニットからの転落、外傷、舌の咬傷などの危険性があります。ジアゼパムなどの鎮静薬を投与して早急にけいれんを止める必要があります。
 その他の選択肢について。
 a.酸素の投与は、「2つ選べ」だったら正答に入るところでしょうね。既にSpO2の低下が見られますし、この後症状が進行すれば呼吸停止の可能性もあります。追記:後に発表された正答は「aまたはb」でした。やっぱりね。
 c.紙袋による再呼吸は過換気と読み間違った人に選ばせようと言う誤答肢なのでしょうが、過換気だったとしても、現在は推奨されていません。どうせも良いですけどこれ系で「紙袋」ってよく見るんですが、ビニール袋じゃいけないんですかね。「ペーパーバッグ再呼吸法」と言う名称から来てるんでしょうけど。
 d.副交感神経遮断薬の投与は、恐らく徐脈と誤診させたいのでしょうね。副交感神経遮断薬と言えばアトロピンですが、これは徐脈の治療に使われます。心拍数(HR)は60で正常ですから投与の必要はありません。
 e.トレンデンブルグ位への変換は、ショックと誤診させたいのかな……?トレンデンブルグ位は仰臥位(仰向け)で下半身を頭よりも高く上げさせる体位で、かつてショック時の対応として推奨されていた時代があります。Cのペーパーバッグと言い、何だか選択肢が古いですね。
 はい、次~。

 

113B77
 29歳の男性。下顎右側第二大臼歯の冷水痛を主訴として来院した。診察の結果、歯科治療恐怖症のため、ミダゾラムによる静脈内鎮静下に下顎右側第二大臼歯のコンポジットレジン修復を行うこととした。処置中のいびきをかきはじめたので深呼吸を指示したが応答しない。その時の生体モニタの画面を示す。
 行うべき対応はどれか。2つ選べ。(ae)

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 行うべき対応はどれか。2つ選べ。

  a. 酸素投与
  b. AEDの使用
  c. 胸骨圧迫心マッサージ
  d. 局所麻酔薬の追加投与
  e. 下顎挙上による気道確保

 

 これもイマイチ心電図の問題じゃないですね(^ ^;)
 
 ミダゾラムを投与したらいびきをかきはじめた。この時点で考えられることは、第一にミダゾラムによる呼吸抑制、それ以外だと脳卒中あたりでしょうか。歯科治療の最中に脳卒中を起こす可能性はありますが、実際の臨床現場であればともかく、国家試験的にはミダゾラム投与の直後なんて紛らわしいタイミングでは起きません。ま、どちらにしても答えは変わりません。視覚素材を見てみますと、またも心電図は正常です。正常心電図を繰り返し見て、脳内にイメージを作っておきましょう。異常があるのはSpO2ですね。バイタルモニターが異常を検知して89と言う数字を強調してくれているので、一目でそこに異常があるのだと分かりますね。優しい視覚素材です。その他のパラメーターは正常です。
 いびきをかいてSpO2が低下しているということは十分な呼吸ができていないということですから、正解はaとeです。いびきをかいているならば呼吸停止は起きていません(呼吸が完全に停止していたらいびきもかきません)から、e.下顎挙上による気道確保で改善すると思われます。気道確保と言えば頭部後屈オトガイ挙上ですが、短時間の気道確保なら下顎挙上の方が確実です。ちなみに首を後屈させないので、頚椎の手術後や頚椎外傷の症例でも有効です。SpO2が低下していますからaの酸素投与も行いたいですね。と言うか


 静脈内鎮静法するのに酸素投与してなかったの!?


 とツッコみたいところですが。静脈内鎮静法など鎮静薬、麻酔薬を投与する管理法では呼吸抑制が付き物なので、酸素投与は必須と言って良いのですけど......。

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頭部後屈オトガイ挙上法

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下顎挙上法

 その他の選択肢。
 b.AEDの使用とc.胸骨圧迫心マッサージは、もし心停止ならばただちに行いたいところですが、脈波(視覚素材のSpO2の右の波形)が出ているということは脈があると言うことで、心停止ではありません。
 d.局所麻酔薬の追加投与は、局所麻酔の奏功が不十分なのであれば必要でしょうが、問題文や視覚素材からは読み取れませんし、SpO2が89まで低下していますから、そんなことをしている場合じゃありません。まぁ強いて言えば、頬側歯肉に局所麻酔注射で痛覚刺激を与えることによって鎮静深度が一時的に浅くなって呼吸状態が改善する可能性もありますが、少なくとも国家試験的には正答にはなりません。
 はい、次の問題。

 

113B81
 57歳の男性。全身麻酔下に右側の下顎骨嚢胞摘出術を行うこととした。麻酔導入後、気管挿管のために喉頭蓋を持ち上げた時点で心電図の変化を認めた。心電図と脈波の波形を示す。
 心電図異常の原因として考えられるのはどれか。1つ選べ。(d)

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  a. Cushing反射
  b. 眼球心臓反射
  c. 頸動脈洞反射
  d. 迷走神経反射
  e. Bainbridge反射

 

 今度は「心電図の異常」とはっきり書いてありますね!これは間違いなく心電図の問題です!!

 え~っとなになに、全身麻酔の導入後、喉頭展開を行ったところで心電図に異常所見が出たと。ふむふむ。はい、ぶっちゃけこの時点で

 

 迷走神経反射だな

 

 と予想がついてしまいます。せっかく正常心電図以外の問題が来たのに(笑)。いやいや、まだ断定はできません。視覚素材を見てみましょう。見慣れていないと分かりづらいかも知れませんが、時系列で上中下の3段に分かれています。

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 こういう感じです。1段目は喉頭展開する前、2段目は喉頭展開したところ、3段目は心電図異常を見て喉頭展開を止めたところ、と考えたら分かりやすいでしょうか。2段目のフラットになっている部分以外は正常に見えますね。心電図も脈波も正常だったけれど(1段目)喉頭展開をしたら心電図も脈波も消失(2段目)、喉頭展開を止めたらすぐ正常に戻った(3段目)、と言う流れとイメージすれば分かりやすそうです。
 正解はdの迷走神経反射です。

 

 やっぱりね。

 

 喉頭展開など喉頭やその他頚部に強い機械的刺激が加わった時、迷走神経咽頭枝や上腕咽頭神経内枝などの迷走神経求心路を介して迷走神経反射を起こす可能性があります。強い徐脈や血圧低下、場合によっては心停止まで。このケースでは幸い一過性で、原因となった刺激の除去によってすぐ回復したということでしょう。
 他の選択肢を考察していきます。
 aのCushing反射(Cushing現症)は急激な頭蓋内圧亢進により血圧上昇と徐脈が起きると言うものです。数秒間に渡って心電図も脈も無くなっている状況を高度な徐脈と解釈することはできるのかも知れませんが、血圧については記述がありません。頭蓋内圧の亢進については、全身麻酔に使用される薬剤の中に頭蓋内圧を亢進させる作用を持つものはありますが、Cushing反射を起こすほどではないと思います。
 bの眼球心臓反射(oculocardiac refrex)はアシュネル反射とも呼ばれ、眼球への機械的刺激によって徐脈、不整脈、心停止を来す現象です。眼下の手術中などに起こる可能性はありますが、問題文に眼球への刺激を思わせる記述はありません。
 cの頸動脈洞反射は頸動脈洞の圧迫によって不整脈、心停止を起こす反射です。一部の格闘技にはこれを狙って頚部に打撃を加える技がありますね。危ないのでやっちゃ駄目ですヨ。喉頭展開で頸動脈洞を圧迫することは通常考えにくいです。

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 eのBainbridge反射はどうでしょう。Bainbridge反射は静脈還流量が急激に増大した時に心拍数が増加する、と言うものです。静脈還流量と言うのは、要するに大静脈から右心房に入る血液の量です。全身麻酔の導入時は輸液をどんどん入れますので静脈還流量は急速に増大しますが、Bainridge反射が起きたとしても脈拍数の増加なので、この問題の状況とは合致しませんね。ちなみに、逆に静脈還流量が急速に減少すると心拍数の減少、血管収縮を起こしますが、これはMacDowall反射と言います。こんなことを覚える必要は……う~ん、この問題が出題されていなければ、無いと言えるんですけどね。

 しかし、Cushing反射と言い眼球心臓反射と言いBainbridge反射と言い、今の学生さん達はこんなことまで分かっていないといけないのですか。大変ですねえ。
ハイ次。

 

113C61
 83歳の男性。下顎左側第二大臼歯の疼痛を主訴として来院した。失神を繰り返したために循環器科で治療を受けている。生体モニタ装着時の心電図を示す。
 この患者に禁忌なのはどれか。2つ選べ。

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  a. 浸潤麻酔
  b. 歯髄電気診
  c. 根管へのイオン導入
  d. マイクロモーターによる切削
  e. エチルクロライドスプレーの噴射

 

 この心電図の特徴は、P波の前に必ず入っていいる不自然な波形ですね。

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 心電図の心拍の前に入る(と言うよりはこれの後に心拍が起きる)、垂直の波形。不自然に形が揃っていて、間隔も均等です。このイメージを覚えてください。これは「スパイク」と呼ばれる波形で、ペースメーカーによるものです。つまりこの患者さんにはペースメーカーが埋め込まれています。問題文の「失神を繰り返したために循環器科で治療を受けている」と言うエピソードと合わせて、この患者さんは不整脈による失神を繰り返すためペースメーカーの埋め込み手術を受けている、と推測できます。まぁ、

 

 本文が無くても視覚素材だけで解けますけど。

 

 正答はb歯髄電気診とc根管へのイオン導入です。歯髄電気診やイオン導入は患者の体に電流を流す必要があり、はペースメーカーに干渉する可能性があるため禁忌となります。

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歯科用イオン導入器の添付文書

 

 それ以外の選択肢はどうでしょう。
 aの浸潤麻酔は全く問題ありません。血圧や心疾患の内容によっては局所麻酔薬に添加された血管収縮薬に注意が必要になりますが、そう言った情報はありません。
 dのマイクロモニターによる切削も問題になりません。
 eのエチルクロライドスプレーの噴射、これは冷却スプレーです。歯髄の温度診で歯に冷刺激を与えるために使用します。ペースメーカー埋め込み患者にも使用できます。ただ、普通は患者に直接噴射はしませんから「噴射」と言う文言は気になりますが……。口腔内に噴射するのは、どんな患者さんにもやるべきではないと思います。

 

 さてさて、参考になりましたでしょうか。

 113回歯科医師国家試験の心電図関連の問題は以上です。長くなり過ぎるので、今回はここまで。次回は112回以前の心電図関連の問題を見ていきましょう。