andQの歯科と麻酔と諸々と

歯科麻酔医と言うニッチな歯医者が色々書きます。

キシロカインアレルギーって何?

この記事は......一般の方、歯科関係者、歯科麻酔関係者、皆様に向けて書いています。


キシロカインアレルギーなんです」
キシロカインアレルギーと言われました」
キシロカインアレルギーで救急搬送されました」


 歯科麻酔を専門にしていますと、「キシロカインアレルギー」に悩み苦しまれる患者さんと多くお会いします。このニッチなブログのマニアックなスタートは、「キシロカインアレルギーって何?」と言う、意外と需要の有りそうなお話から始めます。
 最初にお断りしておきますが、「キシロカイン」はアストラゼネカ社の商品名です。他社からも同じ成分(リドカイン)の製剤は多数販売されており、当然ながらそれらは「キシロカイン」と言う名称ではありません。したがって、正しくは「リドカイン」と呼称するべきです。と、言うことで以後「リドカイン」、「リドカインアレルギー」としますが、(細かいことは置いておいて)同じ意味だとお考えください。
  キシロカイン」は商品名。「リドカイン」が

  正式名称(薬品名)。

 そんなことはどうでも良い!!と思われるかも知れませんが、医療従事者と患者さん
との間で混乱が起きるといけません。専門家ほど「リドカイン」と言いがちです。実際、私が会話の中でつい「リドカイン」と言ってしまい、患者さんに「あの、キシロカインなんですけど?」と言われてしまったことがあります。ではなぜ患者さんは「キシロカイン」と仰るのかと言うと、もちろん医師や歯科医師が患者さんにそう言ったのだろうと思われます。どうしてそうなるのかは想像できますが、それこそどうでも良い話なので置いておきましょう。
 
発生確率は0.00007%!? ~何よりも重要なのは~


 実はリドカインアレルギーは非常に稀です。複数の研究をまとめた2001年の報告によると、局所麻酔に関連して異常が認められた計651人の患者さんを検査した結果、アレルギーと確認されたのは10人で、その内リドカインによるアナフィラキシー(※1)と診断されたのはたった1人でした。つまり、局所麻酔に関連して異常が発生してもその大部分はリドカインアレルギーではないのです。リドカインによるアナフィラキシーの発生確率は0.00007%(10万~15万件に1件)と推定されています。
 ただし、アレルギーであろうとなかろうと、患者さんの心身に異常が生じ、苦痛を感じられたことに変わりはありません。何よりも重要なのは患者さんの安全であり、患者さんの苦痛を取り除くことです。

 

 重要なのは患者さんの安全、そして患者さんの苦痛の除去

 

 医療従事者側は、リドカインアレルギーだと訴える患者さんに「それはアレルギーじゃありません」なんて安易に言ってはいけません。そんな気はなくても、患者さんはご自分の苦痛を否定されたかのように感じてしまうかも知れないのです(今以上に未熟だった若い頃、私自身がこの失敗を経験しています)。とは言え上記のように真のリドカインアレルギーは極めて稀であり、リドカインアレルギーであると仰る(または医師歯科医師にそう言われた)患者さんのほとんどは、実際にはリドカインアレルギーではないのです。これはとても重要なことです。なぜならば必要な対応が異なるからです。アレルギーであった場合、アレルギーでなかった場合のそれぞれにどう言った対応が必要になるのか、ざっくり解説していきます。

 

アレルギーならどうする?


 本当にリドカインアレルギーであると確認された場合、対応はある意味シンプルです。二度とリドカインを使わない。基本的にはそれだけです。

 リドカインアレルギーの対応「リドカインを使わない」

 ただ、可能ならばリドカイン以外の選択肢を探っておくべきです。酷い虫歯になった時や親知らずが腫れた時、麻酔なしで治療をする訳にはいきませんから、リドカイン以外の麻酔薬が使えるのかどうかを検査しておきましょう。歯科用の麻酔薬カートリッジ(※2)は日本で年間6000万本使用されていると言われており、その大部分はリドカイン製剤ですが、リドカイン以外が無い訳ではありません。他にプロピトカイン製剤、メピバカイン製剤があり、もっと言えば、歯科用カートリッジになっていない薬剤も使えない訳ではありません。何か安全に使える物があるならば知っておくべきだと思いませんか?

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リドカイン以外の局所麻酔薬(プロピトカイン製剤)

 

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歯科用カートリッジになっていない局所麻酔薬(ロピバカイン製剤)

 検査はいくつか種類がありますが、それぞれ利点と欠点があります。LST、BATなどの血液検査は安全で比較的簡単です(ただし保険が利きません)が、確実性は今一つです。100%確実な検査なんてほとんど存在しないのですけどね。パッチテストなどの患者さんの体に薬剤を接触させる検査は、確実性は高いのですが、リスクがあり、時間がかかります。とは言え、アレルギーを起こす薬品と起こさず安全に使用できる薬品とを確認して、二度とアレルギーを起こさず、かつ必要な時にはちゃんと麻酔ができるようにしておくことは、今後の患者さんの人生にとてもとても有益なことでしょう。

 

アレルギーじゃないなら平気、ではない
 

 リドカインアレルギー疑いの患者さんが受診された時、実はかなり早い段階で(最初にお話をしている間に、または紹介状を読んだ時点で)9割がたアレルギーではないな、と判断できてしまいます。どうしてそう判断できるのか、細かいことはあえて書きません。
 リドカインアレルギーではない場合はどうするべきでしょう。アレルギーじゃないなら命には関わらないだろう、平気だよ、なんて考えてしまう人も居るかも知れません。とんでもないことです。もちろん、アレルギーではないのならばアナフィラキシー反応は起き得ず、生命の危険が生じる事態にはなりにくいでしょう。しかしゼロではありませんし、死にさえしなければ良いというものではありません。過去に苦しい思いをした、怖い体験をした、救急搬送された、そんな患者さんに何の対策もなく局所麻酔を繰り返すことは、患者さんに大きな不安を与えますし、また同様の事態を起こす可能性も高くなります。アレルギーではないのならばなぜ局所麻酔に関連して異常が生じたのか、どうすればそれを防げるのかを探り、安全に治療を行う必要があります
 アレルギー以外の可能性として、アドレナリン過剰反応、血管迷走神経反射、過換気症候群転換性障害、局所麻酔薬中毒などが考えられます。どのような対応が必要なのかは、患者さんごとに異なりますが、セデーション(鎮静法)と呼ばれる管理法は多くの症例に応用でき、局所麻酔時の異常を防ぐと同時に治療中のストレスを大きく緩和できます。大学病院など、設備と専門家の揃った医療機関にご相談ください。

 

まとめ:リドカインアレルギーは極めて稀で、局所麻酔によって生じた異常のほとんどは実はリドカインアレルギーではない。だからと言って患者さんの苦痛や危険は否定され得ない事実。適切な対応を取り、安全に必要な麻酔が行えるようにしなければいけない。

 

※1 アナフィラキシーは即時型反応(Ⅰ型アレルギー)と呼ばれるアレルギー反応の1つで、アレルゲン(アレルギー反応の原因となる物質、ここではリドカイン)に触れた直後から発症し、全身にアレルギー症状が現れ生命に危機を与えうるもの。症状は低血圧、呼吸困難(気道浮腫、気管支喘息)、蕁麻疹など。特に血圧の低下、意識障害を伴うものをアナフィラキシーショックと呼ぶ。
※2 歯科で使用される局所麻酔薬は、基本的にカートリッジと呼ばれる1回使い捨ての密閉容器で販売されている。多くの歯科医師はカートリッジになっていない局所麻酔薬にはなじみがない。
ちなみに、リドカインは歯科では局所麻酔薬として日常的に使用されるが、医科では抗不整脈薬として使用されることの方が多いと思われる。1つの薬剤に複数の使い方があることは珍しくない。

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リドカインは不整脈の対応にも使用される

参考文献:歯科麻酔・生体管理学,吉田和市ほか,学研書院,2012

     歯科麻酔学第8版,福島和昭ほか,医歯薬出版株式会社,2019

     トラブルを起こさない局所麻酔,歯科展望別冊,深山治久,医歯薬出版,2014

     歯科臨床における局所麻酔アレルギー,丹羽均他,日歯麻誌,2001,32(1);7-12

     アナフィラキシーの治療と機序―局所麻酔薬アレルギーを中心にー,

                     光畑裕正,日歯麻誌,2003,31(3):235-244